カメラの歴史B

フィルムのはじまり



1.銀塩以前ぎんえんいぜん(ニエプス)
ニエプス ニエプスが撮った写真
1826年に、フランスのニエプスがはじめて「写真」を完成させました。ニエプスが使った感光材料かんこうざいりょうは、みなさんの周りの道路どうろに使われているものと同じ「アスファルト」でした。夏の暑い日に屋外おくがいで8時間光を当てることでアスファルトを固め、固まらなかった部分ぶぶんを油で洗い流すことで画像がぞうを作りました。

2.銀板ぎんばん
ダゲール
やがてもっと短い時間じかん鮮明せんめい画像がぞうを写したいと考えたニエプスは、「ぎん」が化学変化かがくへんかで黒くなる性質せいしつ注目ちゅうもくしました。
そして同じフランス人のダゲールと協力きょうりょくして研究けんきゅうつづけました。
その結果けっかぎんでめっきした銅板どうばんにヨウ素を当てることで感光材料かんこうざいりょうとし、撮影さつえい後は水銀蒸気すいぎんじょうきで「現像げんぞう」をする方法ほうほう完成かんせいさせました。
ダゲールが撮った写真
「パリ、タンプル大通り」
現像げんぞう」を行なうことによって光を当てる時間じかんを20〜30分へと短くすることができました。この方法をダゲールは「ダゲレオタイプ」と名づけて1839年に発表はっぴょうしました。

3.ネガポジ法
ダゲレオタイプは現在の写真とくらべると大きなちがいがひとつあります。それは「し」ができないということです。
現在の写真では撮影さつえいでまず「ネガ」を作り、それをもう一度いちど感光材料かんこうざいりょうった紙である「印画紙いんがし」に写すことで作っています。

タルボット
これをくりかえせばたくさんの同じ写真を作ることができますし、拡大かくだいして写せば大きな写真を作ることもできます。

この方法を「ネガポジ法」とび、イギリス人のタルボットが1841年に「カロタイプ」(タルボタイプ)として発表はっぴょうしました。
この方法ほうほうを使ってタルボットは世界最初せかいさいしょ写真集しゃしんしゅうとなる「自然しぜん鉛筆えんぴつ」を1844年に発行はっこうしました。

「自然の鉛筆」より

4.湿板しっぱん
タルボットが発明はつめいした「ネガポジ法」は、ネガに紙を使っていたので画像がぞうがあまり鮮明せんめいではありませんでした。そのためネガにガラスを使うことが考えられました。
1851年にイギリス人のアーチャーがガラス板の上に「コロジオン」という液体えきたい銀化合物ぎんかごうぶつって感光材料かんこうざいりょうにする方法を発明しました。この方法ほうほうを「湿板しっぱん」とびます。
湿板しっぱん写真はガラス板にった感光材料かんこうざいりょうが乾かないうちに撮影さつえい現像げんぞうを終わらせなくてはならず、野外やがい撮影さつえいするときには暗室あんしつも持って行かなくてはなりませんでした。
しかしながら光を当てる時間じかん数秒すうびょうから1〜2分と非常ひじょうに短くなったため、広く普及ふきゅうしました。

アーチャー

5.乾板かんぱん
マドックス
1871年にイギリス人のマドックスが「コロジオン」のかわりにゼラチンを使った方法ほうほう発明はつめいしました。
この方法は「湿板しっぱん」に対して感光材料かんこうざいりょう乾燥かんそうしていることから「乾板かんぱん」と呼ばれます。
乾板かんぱん
湿板しっぱんの場合は写真を写す人が自分で感光材料かんこうざいりょうを作る必要がありましたが、乾板かんぱん保存ほぞんができたのであらかじめ工場で大量に作ることができるようになりました。
また感光材料かんこうざいりょうにゼラチンを使う方法ほうほう現在げんざいの写真でも使われています。

6.フィルム
乾板かんぱん」に使われているガラス板は重く、また割れてしまうという不便ふべんな点がありましたので新しい材料ざいりょうとして「セルロイド」を使うことが考えだされました。
当初はガラス板のかわりに使いましたが、やがてアメリカ人のイーストマンが創設そうせつした「イーストマン・コダック」社が1889年にセルロイドのやわらかさを生かして巻物状まきものじょうにした「ロールフィルム」を発売はつばいしました。
この「ロールフィルム」の誕生たんじょうが写真をそれまでの専門家せんもんかだけのものから人々ひとびとへと普及ふきゅうするきっかけとなりました。

イーストマン
また「ロールフィルム」が生まれたことで「映画えいが」も誕生たんじょうすることとなったのです。
いろいろなロールフィルム

7.カラーフィルム
写真でぞうだけはなく色までも再現さいげんしたいという考えは写真誕生直後たんじょうちょくごからあり、光の3原色げんしょく(青・緑・赤)をいったん分解ぶんかいしてネガを作り、それを幻灯げんとう印刷物いんさつぶつ再現さいげんする方法ほうほうで「カラー写真」が作られていました。
現在げんざいのような「現像げんぞう」によってフィルムに再現さいげんする方法ほうほうでは、1935
昭和しょうわ10)年にアメリカのイーストマン・コダック社が発売はつばいした「コダクローム」が映画用えいがようとして誕生たんじょうしたのが最初さいしょです。
1936(昭和しょうわ11)年には写真用としても発売され、同じ年にはドイツのアグフア社からも「アグフアカラーノイ」が発売されました。


リバーサルフィルム
「コダクローム」は映画用えいがよう開発かいはつされたのでフィルム上で正しい色が再現さいげんされており、現在げんざいでは「リバーサルフィルム」(スライドフィルム)とばれているタイプのフィルムです。
これに対して「ネガポジ法」を使ったカラーフィルムは、ドイツのアグフア社が1936
昭和しょうわ11)年に実用化じつようかしたとされています。
アマチュア向けとして発売はつばいされたのは1942
昭和しょうわ17)年にアメリカのイーストマン・コダック社が発売はつばいした「コダカラーロールフィルム」がはじめてでした。

カラーネガフィルム
日本では1941(昭和しょうわ16)年に小西六が発売はつばいした「さくら天然色てんねんしょくルム」と、1953(昭和しょうわ28)年にオリエンタル写真工業こうぎょうの「オリエンタルカラーフィルム」がそれぞれ「カラーリバーサルフィルム」「カラーネガフィルム」として最初の製品せいひんとなっています。

8.インスタント写真
ここまで紹介しょうかいしてきたフィルム(感光材料かんこうざいりょう)はすべて「現像げんぞう」という処理しょり必要ひつようなため写した写真をすぐに見ることはできませんでした。そのため、より早く写真を得るためにカメラ内部ないぶ現像処理げんぞうしょりができるカメラが湿板方式しっぱんほうしきの時代から作られていました。
ランド
現在げんざい「インスタント写真」として知られている方法は、1947年にアメリカのエドウィン・ランドが感光材料かんこうざいりょうぎんを使用し、「ネガポジ法」を応用おうようしてゼリーじょう薬品やくひん使用しようする「拡散かくさん転写法てんしゃほう」で数分以内に画像がぞう方法ほうほう発明はつめいしました。
発明翌年はつめいよくねんの1948年には、ランドが経営けいえいしていた「ポラロイド」社からはじめてのインスタント写真用カメラ「ポラロイド・ランド95」が発売はつばいされました。
ポラロイド・ランド95
初期しょきのインスタント写真はセピア色の画像がぞうでしたが後に黒白となりました。また1963年にはカラーフィルムも誕生たんじょうしました。
最初さいしょ発明はつめいされた方式ほうしき一定いっていの時間がぎたあとにポジシートとネガシートを引きはがす方式ほうしきでしたが、やがてポジシートとネガシートを一体化いったいかして時間がたつと画像がぞうき出てくる方式ほうしきが誕生しました。
これらふたつの方式ほうしきは現在でもインスタント写真に使用しようされています。
インスタント写真