人と自然が織りなす珠玉の一瞬
作品展 「光大五人展の軌跡」
展示期間 1991年9月3日(火)〜 9月29日(日)
品番 L0005 価格 650円(税込)
この作品展では、風景写真を中心に、自然や街並み、人々の生活の情景が、光大派独自の淡いモノクロの画面の中に写し出された作品の65点を展示します。大正時代より、連綿と受け継がれてきた光大派の神髄を伝える珠玉の作品群や、存分にご覧いただける作品展となっています。
光大派の写真は芸術写真です。あえてモノクロームの手法にこだわり、味わい深いグラデーションで作品に詩情を与えます。そのモチーフは常に「風景」です。風景の中に身を置き、その何気ない情景に詩情を求めます。軟調な画像にこだわる光大派の作品は、国内の専門家はもとより海外の批評家からも高い評価を受けています。
光大派の創立は、故・中嶋謙吉の提唱によって同志が集まり1928(昭和3)年に創立した、写真書籍を専門とする出版社、光大社にさかのぼります。光大社の創立に前後して、日本のアマチュア写真界は、それまでになかったような盛り上がりを見せていました。この頃、記録としての写真とはやや傾向を異にする、表現としての芸術写真が見出される土壌ができてきたのです。この当時から、写真の芸術性を追求し続けている一派が、現在の光大派です。故・中嶋氏は、「日本在来の花鳥風月式の観方で自然を観るのではなく、自然の極めてささやかな一隅にも深い愛情と親しみを持つことこそ重要であり、カメラを持つ人々も自然に対してはかくならなければならない」という主旨の言葉を残しています。この言葉が光大派の原典であり、この哲学が絶えず表現の根底にながれています。自然や、人々の生活の営みは、このような哲学を持つ光大派の人々のレンズを通りぬけ、光大派の人々の手で表現されることによって繊細な魅力を身につけます。
また、このような繊細な魅力を引き出すために、光大派は、独特なソフトフォーカスを多用するのが特徴です。ソフトフォーカス写真を撮るのによく知られている技法は、往年の名機「ベストポケットコダック単玉付き」のレンズに工夫を加えた「ベス単フードはずし」です。このカメラと技法は1920年代にアマチュア写真家の間で大流行したものでした。光大派は、日本のアマチュア写真史に歴史的な役割を果たした一派であり、現在も初志を貫き活動中です。
今回の作品展「光大五人展の軌跡」では、光大派の活動の柱となった中心人物5名の作品を展示します。すでに亡くなられた方もいますが、その詩情を湛えた作品は今なお新しく、自然に対する思いと写真に対する情熱を感じさせてくれる作品展となっています。
(展示紹介より)
光大(こうだい)派
1928(昭和3)年、ベス単派 故・中嶋謙吉により光大社設立。この頃、光大派の基盤ができる。モノクロームの軟調描写による表現を主眼とする。自然、田園風景、街並みなどをモチーフにするがその根底は自然に親しみ、自然を楽しみながら、自然と人間の触れ合いの中に詩情を求める思想が脈づいている。光大の名前は、晁補子の「時に九月 天高く 露きよく 山空しく 月明にして 仰いで星斗見れば 皆光大」という句に由来する。同人誌「光大」(季刊)がある。現在の同人は約300名。
<出展者プロフィール>
渡辺 淳 (故人)
1897年、千葉県生まれ。中学2年の時、ベスト単玉カメラを手に入れ写真に興味を持つ。プロ写真家としても活躍。ベス単による軟調描写の作品が数多く残されている。1990年没。

宮崎 静馬 
(故人)
1902年、東京生まれ。実家がカメラ店であったため、幼少より写真・カメラに親しむ。轄p逡苡、事(後のオリンパス商事)常務取締役支店長など歴任。日蓮正宗に帰依し、敬虔なる心を感じさせる作品が多い。1987年。

本間 鉄雄 (故人)
1908年、大阪生まれ。病気療養中、趣味写真に熱中。第一回ベス単作画展にも出品。写真の技術指導、現コニカ商事の宣伝業務などに携わる。退職後は自然保護・反核平和の立場から作品を発表。1990年没。

桜井 栄一
1909年、群馬県生まれ。オリンパス商事且謦役社長、オリンパス精機且謦役社長などを歴任。主としてカメラの開発に従事。ベス単使用の四季折々の自然を題材にした作品は有名。

雑賀 進
1904年、鳥取県生まれ。鉄道省に勤務する。1940年、鞄S道日本社を創立。1933年、故・中嶋謙吉主宰の「芸術写真研究」を知って以来、いわゆるベス単派の一員となり、現在は光大派の主幹。

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