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笹本 恒子 作品展  「昭和・あの時・あの人」




女性だけを招待したストリップショー

ストリップショーが各地で上演されるようになったころ、本場浅草のある劇場では、
これは決して、いかがわしいものではないということを女性に知ってもらおうと、地元の
主婦や女性文化人たちを招待した。



 JCIIフォトサロンでは、来る2004年7月27日(火)から8月29日(日)まで、笹本恒子作品展「昭和・あの時・あの人」を開催いたします。

 笹本恒子氏は日本ではじめての女性報道写真家です。カメラをとおして戦時下の日本を伝え、戦後はフリーの写真家として活躍、その活動は半世紀を超えます。

 氏が初めてカメラを手にしたのは1940年、日中戦争の真っ最中でした。戦時下の情報宣伝の重要性を感じていた東京日日新聞(現毎日新聞)社会部の林健一氏が「日本は宣伝戦で立ち後れている」と、写真による国外宣伝機関「写真協会」を立ち上げます。そこでは世界各国の写真やグラフ誌をまとめる一方、国内のニュースや文化を広く海外へ発表していました。面白そうだから行ってみないかと知人にすすめられ、笹本氏は思いきって写真協会の門を叩きます。そこで出会った林氏の熱弁に好奇心をくすぐられ、何も知らない写真界に飛びこむ決意をしたのでした。「女性の目をとおして物を見る、女性だけが撮れる写真が必ずあるはず」、その言葉を胸に、男性ばかりの職場に少々怖気づきながらもシャッターを押し、報道写真家としての道を今日まで歩きつづけました。

 中には、目を逸らしたくなる現実や、女性蔑視の壁に突き当たることもありましたが、同じ時代に生きる女性の主張を社会に訴えるべく、また反戦の強い思いが氏を奮い立たせ、被写体へと向かわせました。女性しか入ることの許されない場所や、体当たりの取材で撮影された写真は笹本氏独自の視点で切り取られ、誇張や脚色の無い自然体の日本を私たちに見せてくれます。

 今回の作品展では、日独伊三国同盟婦人祝賀会の着飾った婦人たち、戦前最後の日米学生会議で寄り添いながら写真におさまる日米の女学生たち、愛嬌たっぷりのマッカーサー夫人の笑顔、駐日外国夫人たちが被写体となったファッション写真、安保闘争のデモ隊や激動の昭和を支えた日本人の肖像写真など、作品約80点(全作品モノクロ)を展示します。


●笹本 恒子 (ささもと つねこ)

東京生まれ。日本写真家協会名誉会員。1940(昭和15)年、財団法人写真協会入社。日本最初の女性報道写真家としてスタート。千葉新聞社社会部、婦人民主新聞社を経て1947年フリーランスとなり現在に至る。日米開戦時の政治家たち、1960年の三池争議、安保闘争など「社会派」として多くの名作を残している。写真展として、「生きたニュールック写真展」(1950年)、「昭和史を彩った人たち」(1985年)、「昭和〜ヒト・ひと・人」(1990年)、「昭和・あの時・あの人」(1990〜1991年)、「平成を生きる明治の女性たち」(1993年)、「いまを生きる明治の女性たち」(1996年)ほか開催。写真集・著書に「ふだん着の肖像」、「ライカでショット!お嬢さんカメラマンの昭和のスナップ」、「輝く明治の女性たち」、「昭和・あの時・あの人」、「素顔の三岸節子」、「夢紡ぐ人びと/一隅を照らす18人」など多数。



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