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稲村隆正「銀座」(1947年) |
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| JCIIフォトサロンでは、来る11月28日(火)より12月24日(日)まで「『週刊サンニュース』の時代――報道写真と「名取学校」――」作品編を、また、JCIIクラブ25では、12月5日(火)より24日(日)まで同展資料編を開催いたします。 終戦後2年の1947年、街にはまだ焼け跡が残り、食糧も不足がちでした。占領下に敗戦を実感し、不自由な生活に追われながらも、人びとは新しい日本を創るために一歩を踏み出していました。この年、新生日本をリードする総合グラフ雑誌として、名取洋之助氏が企画・編集して創刊されたのが、『週刊サンニュース』(サン・ニュース・フォトス、後に、サン出版社、1947年11月12日号〜1949年3月5日号、全41号)です。 本展では、顧問格だった木村伊兵衛氏をはじめ、藤本四八、牧田仁、小柳次一、三木淳、稲村隆正、薗部澄、小島敏子、長野重一らスタッフ諸氏が同誌のために撮影した写真作品約80点を紹介(会場:JCIIフォトサロン)し、報道写真やイラストなどで政治・経済・文化を伝えた記事誌面などを展示・解説(会場:JCIIクラブ25)いたします。 「日本の『LIFE』」を目指して集った新人写真家は名取氏に鍛えられて報道写真を体得していき、後にアメリカの『LIFE』やイースト・ウエスト通信社の契約写真家となり、この後に名取氏が企画・編集に携わった『岩波写真文庫』や、相次いで復刊・創刊した写真雑誌に場を拓きます。また、レイアウトマンだった根本進、岡部冬彦氏は、名取の指導で同誌の中で漫画家としてスタートを切りました。『週刊サンニュース』が「名取学校」と呼ばれた由縁です。 政治・経済からファッションに至るまで、戦禍から立ち上がろうとする社会を写真で伝えた同誌は、用紙不足を背景にザラ紙で制作され、1年半で休刊したこともあって、幻の雑誌となっています。『週刊サンニュース』を通して、戦後の社会相と報道写真に邁進する写真家たちの姿を探ります。 |
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